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神戸地方裁判所 昭和31年(行モ)1号 決定

申立人 鶴田久雄

被申立人 西脇市長

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は、「被申立人が申立人所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)に対してなした市税滞納処分のための公売手続は本案判決(当庁昭和三十一年(行)第八号不動産公売処分取消請求事件)のあるまでこれを停止する。」との決定を求める旨申立て、その理由として、被申立人は昭和三十年九月十七日申立人に対する市税滞納処分として申立人所有の本件建物を差押え、同年十一月十七日これを入札の方法による公売に付したが、落札者がその代金を完納しないため、同年十一月二十八日午前十一時再公売に付すべきことを決定し、その旨公告すると共に申立人にもこれを通知した。そして、右公売期日において申立外三浦賢三が金百六十万円で落札した。

しかし、右公売は左記各理由によつて違法な処分である。

(一)  国税徴収法施行規則第二十三条によれば、財産を公売せんとするときはその財産の価格を見積りこれを公告すべきものである。しかるに、被申立人は本件建物の公売にあたりその見積価格の公告をなさず、公売手続記録中にもその見積評価書を添付しなかつたものである。

(二)  同施行規則第二十七条によれば、落札者が落札代金を納付期日まで完納しないときはその公売を解除して更に再公売に付すべきものである。しかるに、本件公売手続においては落札代金納付期日が昭和三十年十二月二十五日と決定されており、前記落札者が右期日までその代金を納付しなかつたにもかかわらず、被申立人は更に公売に付すべきことを決定せず、正当の理由なくして納付期日を昭和三十一年一月二十日まで延期したものである。

以上の理由によつて本件公売は違法の処分として取消を免れないから、申立人は昭和三十一年二月十三日当庁に対し被申立人を被告として本件建物の公売処分取消を求める訴を提起した(当庁昭和三十一年(行)第八号不動産公売処分取消請求事件)が、申立人は本件建物において織布工場を操業しているものであり、前記公売処分が執行されてしまつては忽ち右操業が不可能に陥り、後日申立人が本案訴訟で勝訴判決を得ても償うことのできない損害を蒙ることとなりこれを避ける緊急の必要があるので、行政事件訴訟特例法第十条第二項により右公売手続の停止を求めるため本申立に及んだと述べた。(疎明省略)

被申立人の本件申立に対する意見は、「申立人が本件公売処分の取消理由として挙示するもののうち、(一)に対し、被申立人は本件建物を公売するにあたり、その価格を見積つたうえ、これを西脇市公告式条例に基き同市役所前掲示場に掲示して適法に公告したものであり、公売手続記録中にもその見積評価書を添付したものである。(二)に対し、被申立人は申立人主張のように落札代金納付期日を昭和三十一年一月二十日まで、延期したことは認めるが、右措置は次の理由に基くものである。すなわち、本件建物内に備付の織機等の所有権につき紛争が生じ現に訴訟係属中であるため右物件を収去させることが困難であることを理由として、落札者三浦賢三から被申立人に対し納付期日の延期申請がなされたので、調査したところ右落札者において落札代金納付の見込が十分あることが判明し、むしろ前記公売を維持して落札代金を納付させることが申立人、被申立人双方の利益であると考え、右落札者に対しその代金納付期日を昭和三十一年一月二十日まで延期したもので、違法の措置ということができない。以上のとおり本件公売手続には何等違法の点がないから右処分の違法を前提とする本件申立は理由がない。」というのである。(疎明省略)

そこで執行停止の理由があるかどうかについて考えるに、昭和三十一年二月十三日申立人主張のような本案訴訟が当庁に提起されたことは当裁判所に顕著であり、被申立人が昭和三十年九月十七日申立人に対する市税滞納処分として申立人所有の本件建物を差押え、同年十一月十七日これを入札の方法による公売に付したが、落札者の代金未払のため、被申立人は同年十一月二十八日午前十一時本件建物を再公売に付すことを決定してその旨公告し、右公売期日に申立外三浦賢三が金百六十万円で落札したこと、並に被申立人は本件公売公告において落札代金納付期日を同年十二月二十五日と定めていたが、その後右期日を昭和三十一年一月二十日まで延期したことは当事者間に争がない。申立人は、被申立人は本件公売にあたり国税徴収法施行規則第二十三条に定める公売物件の見積価格を公告せず、かつ、公売手続記録中その見積評価書を添付しなかつたと主張し、その疎明として前記疎甲号各証を提出しているけれども、被申立人提出の疎乙第一乃至第三号証に照し、右資料をもつて申立人主張のような事実の疎明があつたとみることは困難である。つぎに、申立人は、被申立人は正当の理由なくして落札代金納付期日を延期したものであると主張する。然し国税徴収法に基く滞納処分は徴税主体である国又は地方自治体が公権力を発動し滞納者の財産を換価処分しこれにより徴税の目的を達成しようとするものであり、右手続を定めた国税徴収法施行規則の諸規定からみても同規則第二十七条が競落代金納付期日の延期をいかなる場合にも許されないとする厳格な趣旨で定められているものとは解しえないし、疎乙第五号証によると、申立外三浦賢三は本件建物落札後申立人に対し右建物内に備付の織機等の収去を請求したところ、右物件の所有権につき申立人、申立外小沢織布株式会社間に紛争が生じ訴訟係属中であるから猶予されたい旨右双方から申出があり、前記三浦賢三はこれを理由として被申立人に対し落札代金納付期日を昭和三十一年二月十日まで延期されたい旨の申請がなされたので、被申立人は右申請に基き右期日の延期を決定したものであることが一応認められ、この事実からすると被申立人の右延期の措置が申立人主張のように正当な理由がないとみることも困難である。

してみると、被申立人のなした本件公売手続は他にこれを違法となすに足る主張並に疎明のない限り、これを対象とする本案請求は理由ありと見えず、この点において本件申立は理由がないというべきである。

仮にこの点の判断を本案訴訟の審理に譲るとして、申立人が本件公売の主たる手続が既に終了し落札代金納付期日を一月余経過した昭和三十一年二月十三日に至り漸く本件申立に及んだことは記録上明白であつて、そのこと自体果して申立人にその主張の如き損害を避けるため緊急の必要が存するかを疑わせるのみならず、本件建物が落札者たる前記三浦賢三の所有に帰したとしても、右建物が直ちに同人に引渡されるものではないし、同人が申立人に対し右建物の明渡を求めるには通常の民事訴訟手続によらなければならないのであるから、本件公売処分の執行により直ちに申立人の主張するように工場操業が不可能に陥り、償うことのできない損害が生ずるものではなく、その損害を避けるため執行を停止すべき緊急の必要があるものということはできない。その他本件公売手続の執行を停止すべき事由については主張も疎明もないから、本件申立は理由がないものとして却下すべきものとし、申立費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松本昌三 前田治一郎 浅野芳郎)

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